2012年07月12日
Super TV Scope

Super TV Scope

現在、テレビは液晶テレビやプラズマテレビなどの薄型テレビが主流となり、価格の低下も進んだことで、家庭でも大画面の迫力のある映像が楽しめるようになりました。
日本にブラウン管テレビが普及し始めた昭和30年頃、テレビ画面のサイズは14インチという今の私たちにはとても小さく思えるサイズが一般的でした。
この小さな画面を大きくして見るための道具が、この寄贈品「Super TV Scope(スーパーテレビスコープ)」というテレビ画面を拡大するレンズです。中空のプラスチック製凸レンズの中に液体(水?)が入っていて、テレビ画面の前にかけて使います。14インチの画面が17インチ程度まで拡大できたようです。この他にもフレンネルレンズを使った画面拡大レンズもありました。しかし、どちらも画面は大きく見えても、画像がゆがんだり、画質が粗くなってしまったようです。
現在開催中の企画展「電気冷蔵庫があの夏を変えた。」で実物を展示していますので、是非ご見学ください。_ito




2012年07月07日
虫かご

虫かご

夏の子どもたちの楽しみの一つとして今も昔も変わらず昆虫採集があげられます。夏の強烈な日差しにも負けず、虫取り網と虫かごを持って一日中昆虫を追いかけたという思い出をお持ちの方も多いでしょう。
今回寄贈された虫かごは昭和40年代頃のブリキ製のもの。憧れのカブトムシやクワガタなどの昆虫のイラスト、昆虫たちで満員のチューリップの旗を掲げた船が海原を行く図柄など、夏らしいデザインと色使いです。中にはスペースシャトルのような宇宙船に乗った子どもが宇宙空間で虫取り網を持って昆虫を追いかけているイラストが描かれたものもあります。小さいながらも宇宙的スケールの夢が詰まった一品です。
企画展「電気冷蔵庫があの夏を変えた。」で展示中ですので、是非実物をご見学ください。_ito




2012年07月07日
保冷ジャー→電気冷蔵庫

保冷ジャー→電気冷蔵庫

<昭和32年の出来事。知人宅で電気冷蔵庫を見せてもらって、家にも欲しくなった。主人がパンフレットを持ってきてくれて嬉しくなったが、問屋で品切れだそうだ。テレビも欲しいので、今年はジャーと氷で我慢しよう。>
家庭に電気冷蔵庫がやってくるまでは、写真のような保冷ジャーに氷を入れ食品を冷蔵保管していました。昭和32年の家計簿にある「日曜日でも氷屋さんは朝早くから来る」という日記から、氷屋が各家庭を回って配達していたことが分かります。これは暑さのもっとも厳しい時期だけだったようで、家計簿に表れてくるのは7月と8月だけですが、ほぼ1日おきに20円の支払いが記録されています。この家では翌年(昭和33年)に電気冷蔵庫を購入しているため、氷が支出の記録に残るのは昭和32年が最後となっています。
写真は企画展「電気冷蔵庫があの夏を変えた。」の展示会場の様子です。_kanamori




2012年07月05日
報道陣の輪とフラッシュのシャワー

報道陣の輪とフラッシュのシャワー

7月5日、午後1時45分、「連携に関する包括協定」締結式が挙行されました。その後、企画展「電気冷蔵庫があの夏を変えた。」の開会イベントとしてテープカットが行われました。
テレビ局5社、新聞社、関係機関などの取材が入り会場は関係者と取材陣で過密な状態となりました。取材が一段落すると一般の方も多数ご来館いただきました。この夏、電気冷蔵庫が暮らしの常識になった昭和30年代を懐かしく思いながら、電気と暮らしについて一考する機会となれば幸いです。
写真は、歴史民俗資料館の館内でのひとコマです。_ichihashi




2012年07月05日
折りたたみ傘

折りたたみ傘

梅雨の季節に入り、空模様が気にかかる日が続いています。こんな季節に重宝するのが折りたたみ傘です。今ではポケットに入ってしまうほどコンパクトなものや、驚くほど低価格なものなどが販売されています。
日本で折りたたみ傘が製造されるようになったのは昭和20年代の半ば頃。昭和29年には簡単に開閉できるスプリング式の折りたたみ骨が発明されました。さらに撥水性に優れ、低価格なナイロン生地製の傘が登場したことで、折りたたみ傘は急速に普及していったようです。
寄贈された折りたたみ傘は昭和30年代後半から40年代頃のもので、雨降りが待ち遠しくなるような鮮やかな色使いとかわいらしい柄の傘です。
企画展「電気冷蔵庫があの夏を変えた。」で展示中ですので、是非実物をご見学ください。_ito




2012年07月05日
展示会場に記者会見場出現!?

展示会場に記者会見場出現!?

7月5日、北名古屋市とサッポロホールディングス株式会社、株式会社ポッカコーポレーションの三者による包括協定締結式が行われます。その会場として昭和日常博物館の「展示コラム」スペースに締結式会場ができ上がりました。締結式にはテレビ局各社、新聞などの取材が予定されています。さながらテレビでみる記者会見のような空間が一日限定ですが誕生しました。
締結式は午後1時30分に予定されています。企画展は締結式後にテープカットを行い午後2時、一般公開されます。開場直後はマスコミの取材などで混雑が予想されますので時間をおいてご見学されることをおすすめいたします。_ichihashi




2012年06月30日
企業との包括連携協定

企業との包括連携協定

北名古屋市企業立地促進条例及び愛知県産業空洞化対策減税基金を活用した市町村連携補助金の第1号として、株式会社ポッカコーポレーションの新工場の建設が申請されました。
これを契機として、長年、北名古屋市域内において操業している潟|ッカコーポレーション、サッポロホールディングス鰍ニ北名古屋市が地域ブランドの創出を目指し、相互の連携のもと幅広い分野において、協力してまちづくりを進めることを目的とした包括協定の締結が7月5日に行われます。
歴史民俗資料館では7月5日から企画展「電気冷蔵庫があの夏を変えた。」を開催します。この展示会は、電気冷蔵庫の普及と暮らしの変化を飲料水と関連付けていくものであり、飲料水メーカーとしての両企業に資料提供を依頼し展示の充実を図っています。
包括連携事業の第1弾として実施するこの企画展は、歴史民俗資料館としても新たな試みとなります。_ichihashi




2012年06月21日
< わらべ唄のおもいで >

< わらべ唄のおもいで >

「ずいずいずっころばしごまみそずい…」ご存知の方も多いのではないでしょうか。東海地方にもわらべ唄が沢山残っています。「つぼさんつぼさんお彼岸みゃいり(参り)に行こまいか…」「一番はじめの一宮…」「じょんじょんじょりかくし…」etc。歌詞の「つぼ」とはタニシのことで、「じょり」とは草履のことだそうです。

 筆者も子どもの頃、「まるやま土手から東山みればね、みればね。みればみるほど涙がぽろぽろ、ぽろぽろ…」という手遊びをしていました。この唄をネットで検索してみると、北海道では昭和24年頃から流行り始めたそうで、歌詞は「函館土手から…」「まるやまとってんから…」など様々なようです。
 子ども時分は、まるやまと東山とは「札幌かしら?それとも京都?」「たもとで涙を拭いているのは美しい娘さんかしら?」と思いを馳せていました。しかし、唄の最後は「それをみていたおばさんがあっぷ!」と、にらめっこになります。「おばさん」という、急に所帯じみた響き。子どもながら、違和感を感じずにはいられませんでした。_kato




2012年06月05日
裸電球→蛍光灯

裸電球→蛍光灯

<昭和33年の出来事。シャツを着替える際に手をぶつけて割ってしまった電球の傘。久しくそのままにしてあったがいよいよ直す時が来た。この際、裸電球を今、流行のサークラインに思い切って換える。サークライン照明器具2000円>
電球から蛍光灯へ、家庭で使われる照明器具が変わっていく様子が記されています。家計簿の日記からは、照明器具だけでなく、テレビや冷蔵庫などの電化製品が次第に増えてくることがうかがえ、それと同時に、テレビを購入した家庭に近所の人たちが見に来る、といったご近所づきあいの様子も記録されています。ただし、当時の製品には故障も多かったようで、家計簿には修理代という項目が目立ち、修理を繰り返して大切に使っていたことが分かります(ラヂオ修理220円、テレビ修理代300円、クリーナー修理代200円など)。昭和日常博物館には家計簿が数多く寄贈されています。当時の暮らしを知る鍵として。_kanamori




2012年05月27日
寝てるのに「寝とらん」

寝てるのに「寝とらん」

 ご飯を食べた後、ごろんと横になっているうちに訪れる「うたた寝」。みていたはずのテレビ番組もいつの間にか終わっていて、茶の間に一人取り残されていたことはありませんか?

 しかし、「うたた寝」をしている本人は、起きているつもりの人も多いようです。テレビを消すと「みとるのに!」。電気を消すと「寝とらん!」。たとえイビキをかいても、さも今まで起きていたかのように振舞います。

 毎回起こしてあげる家族も大変ですよね。筆者も寝ていることを指摘されると「目をつぶってるだけだ」とあらゆる答弁をするらしいが、全く悪気はありません。「あ、寝とった。起こしてくれてありがとう」と積極的に言いたいのに、不思議なものです。_kato




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