2011年07月11日

デザインパネル上の展示

博物館のガラスケース内の展示は、床面に置かれた展示台の上に展示品が置かれ、別に解説パネルや写真などが壁面に配置されるスタイルが多くみられます。視線を下げて実物を見て、解説を求めて壁面に目をやる。今回の展示では、このストレスを取り除いてみるという工夫をしました。展示品が置かれる展示台に写真、解説、図面などの情報を盛り込んだ大きなデザインパネルを用い、その上に展示品を載せてみました。視線を一定方向に保ちながら見学することができます。_ichihashi




2011年07月11日

沢上車庫の発掘現場から持ち帰られ保存されていたレンガ、レールの一部、タイル貼りの床の一部。学術的な埋蔵文化財資料であることは明白です。しかし、発掘調査というアカデミックな機会に遭遇しなければ、瓦礫であったはず。それを分ける一線はどこにあるのでしょうか?
7月16日、午後1時30分から展示会場においてギャラリートークを開催します。ぜひ、そんな疑問も投げかけてください。_ichihashi




2011年07月11日

沢上車庫の発掘調査から出土した「○八」マークのついたどんぶり。名古屋市の章である「八」が印されたこの器は、名古屋市交通局の食堂で用いられていたようです。




2011年07月01日

福井駅構内から発掘された汽車土瓶。明治時代から大正時代のもの。大宮、横川、直江津、長野、軽井沢、名古屋などの汽車土瓶が出土しました。




2011年07月01日

昭和49年に閉鎖された市電「沢上車庫」。発掘調査により再び光を浴びました。市電のつり革の持ち手、ガラスビンなどが出土。_ichihashi




2011年06月18日

テーマ「市電沢上車庫を掘る」

日 時  7月16日(土) 午後1時30分
講 師  高橋健太郎氏(豊田市教育委員会)・伊藤明良(北名古屋市歴史民俗資料館)
ゲスト  伊藤秋男氏(南山大学名誉教授)
内 容  高橋氏は、南山大学高蔵遺跡(沢上地区)調査会の調査責任者として平成11年に発掘調査を実施。「市電沢上車庫を掘る」にあたった。発掘調査を指揮した高橋氏の視点、考古学の方法論で昭和時代の遺跡にどう対面したかを語っていただきます。また、調査会長であった伊藤秋男氏をゲストとして招きコメントをいただく。問い合わせは歴史民俗資料館−0568-25-3600まで_ichihashi




2011年06月12日
鉄道遺跡としての名古屋市電

鉄道遺跡としての名古屋市電

開催期間 7月1日(金)〜9月29日(木)
今回展示する沢上電車運輸事務所、沢上車庫が位置する地域は、高蔵遺跡と称され、弥生時代、古墳時代の集落跡、その後、中世、近世、そして現代まで人の営みが印されている地域です。
沢上車庫は、昭和49年の廃止に伴って上屋が解体され、線路の一部や点検に用いられる施設、トラバーサーなどが埋め立てられていました。この地域は、高蔵遺跡の範囲に含まれていることからマンションの建設計画に先立ち平成11年(1999)発掘調査が実施されました。その結果、沢上車庫の全体像が学術的調査により再び光を浴びました。構造物や電球、陶器類などのほか、下水道の土管、隣接していた映画館のタイル張りの床など昭和時代の暮らしを出土品から知ることができます。沢上車庫の発掘調査資料が公開されるのは初めてとなります。
これに加え、稲沢市の旧国鉄操車場跡地から出土した汽車土瓶、名古屋市三の丸遺跡から出土した戦時中の陶器、ガラスビン、福井県福井駅周辺の調査で出土した汽車土瓶、北名古屋市能田旭遺跡から出土した昭和30年代のガラスビンなどを展示します。
遺跡から発掘調査の出土品としての博物館資料と、本館が常設展示する伝世資料としての博物館資料、また、学術的な歴史資料とノスタルジー、旧懐の品としての資料を同時に展示し、博物館資料、昭和時代の展示について考える機会とします。_ichihashi




2011年05月20日
昭和の遺跡・遺物

昭和の遺跡・遺物

7月1日から開催予定の企画展「市電沢上車庫を掘る◇遺跡から発見された昭和−旧懐と歴史・伝世品と出土品」の準備を進めています。
 市電沢上車庫の思い出、写真など情報がございましたら昭和日常博物館までお寄せ下さい。_ichihashi
e-tosho@city.kitanagoya.lg.jp




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